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記事の前に、この度のフィリピンを襲った
台風ハイヤンの大被害、とても心が痛む。
一人でも多く助かるように、
一刻も早く救援が進むように祈るばかり。
ボランティアで参加している神戸・長田の
コミュニティラジオ局FMYYからお知らせ。
在日フィリピンの方たちによる義援金の
募集が始まっている。詳しくは以下。
http://rugoafm.blogspot.jp/2013/11/blog-post.html
この台風と今日の記事は無関係ではない。
「多文化共生」ってきいてことあるかな?
ワタシもまだまだ勉強不足だけれど、
「違いを認めて一緒に暮らしていこう」と
いうことだ、とおもう。
ワタシが初めてその言葉を聞いたのは
そのFMYYに通い始めてから。
神戸の長田区には多くの様々な在日の人々が
共生している。
阪神大震災の時、日本語が不自由で取り残された
人々に正しい情報を伝えようと始まったラジオ。
今でも10カ国語のいろんな番組がある。
ワタシは改めていろんな国籍や言葉など持つ
人々と同じ地域で暮らすことを考えてみた。
そもそも小さい頃からありがたいことに
ワタシの両親は「差別」について壁を
作らなかったし、在日朝鮮の方も近くにいた。
だから多文化共生というのは自然と身に
ついていたかも知れない。でもオトナになって
改めて今のこの国は「多文化共生」が
当たり前じゃない事に気付かされた。
それって、別に国籍だけの話じゃない。
部落出身者やいろんな背景、育った環境で
同じ「日本」とは言っても、みんな
それぞれ違うじゃない。
ワタシにとって「国」の違いなど
どっちでもよくて、ただ「他と違う」
雰囲気や行動でイジメられたりしたけど、
小さい頃は「違う」ことが表現として
イジメの対象になる事もある。でも、
ある程度大きくなったら「違い」を受け入れて
(自分でも認めて)「おもしろい」とか
「不思議」とか、そんな風になる。
中学高校を通じて少しずつ変わってこれたことは
すごくヨカッタ。それが大きくなっても
イジメとしてしか表現できない人々もいるから、
大きな問題になるのかも知れない。
そんな人々がもっと大きなオトナになったら
「多文化共生」なんて考えもしないのかな。
ちょうど今読んでいる本がピッタリくる。
養老先生と角田光代さんの
「脳あるヒト心ある人」という本で、
角田さんがアチコチ旅行に出かけ始めて気付いた
「本当に、人は文化的背景、習慣、言葉、
思考回路、何もかもが違う。恐ろしいほど違う。
…略…異なる、ということを認めないと
始まらないことがある。共通だと信じることで
齟齬そごが生まれる。」と。
昔の<ラジオ版学問のススメ>で養老先生も
同じ物を見る「こと」は絶対ないし、
違っているのが当たり前なのに、なぜか
「共通」意識を持っている、とも話してた。
角田さんのコトバ、前にもブログで書いたけど、
やっぱり起伏の少ない山のほとんどないドイツで
暮らしているのと、ここ但馬で大変だけど
自然豊に暮らすことは全然考えも感性も
違って当たり前だと思う。
だから、それを押しつけるのでなく、
違うからこそお互いに「歩み寄り」
適度に距離を持ち、但馬にいるなら
但馬の素晴らしさや食べ物の美味しさを
教えてあげればいいんだ。自慢話。
と言うことで、話が随分それたけど、
ここ「あいうえお」さんでも多文化共生を
ベースにして但馬に住む在日の方を対象に、
豊岡・村岡・出石など日本語教室を
開いていらっしゃる。
しかもほとんどはボランティアさん。
ちょうど村岡の公民館なら近いし
いろいろと参加して多文化について
勉強しつつお手伝いしたい。
12月8日(日)にはクリスマス会もあるよ!
・「にほんご豊岡あいうえお」ホームページ
http://www.eonet.ne.jp/~aiueo-nihongo/index.html
台風ハイヤンの大被害、とても心が痛む。
一人でも多く助かるように、
一刻も早く救援が進むように祈るばかり。
ボランティアで参加している神戸・長田の
コミュニティラジオ局FMYYからお知らせ。
在日フィリピンの方たちによる義援金の
募集が始まっている。詳しくは以下。
http://rugoafm.blogspot.jp/2013/11/blog-post.html
この台風と今日の記事は無関係ではない。
「多文化共生」ってきいてことあるかな?
ワタシもまだまだ勉強不足だけれど、
「違いを認めて一緒に暮らしていこう」と
いうことだ、とおもう。
ワタシが初めてその言葉を聞いたのは
そのFMYYに通い始めてから。
神戸の長田区には多くの様々な在日の人々が
共生している。
阪神大震災の時、日本語が不自由で取り残された
人々に正しい情報を伝えようと始まったラジオ。
今でも10カ国語のいろんな番組がある。
ワタシは改めていろんな国籍や言葉など持つ
人々と同じ地域で暮らすことを考えてみた。
そもそも小さい頃からありがたいことに
ワタシの両親は「差別」について壁を
作らなかったし、在日朝鮮の方も近くにいた。
だから多文化共生というのは自然と身に
ついていたかも知れない。でもオトナになって
改めて今のこの国は「多文化共生」が
当たり前じゃない事に気付かされた。
それって、別に国籍だけの話じゃない。
部落出身者やいろんな背景、育った環境で
同じ「日本」とは言っても、みんな
それぞれ違うじゃない。
ワタシにとって「国」の違いなど
どっちでもよくて、ただ「他と違う」
雰囲気や行動でイジメられたりしたけど、
小さい頃は「違う」ことが表現として
イジメの対象になる事もある。でも、
ある程度大きくなったら「違い」を受け入れて
(自分でも認めて)「おもしろい」とか
「不思議」とか、そんな風になる。
中学高校を通じて少しずつ変わってこれたことは
すごくヨカッタ。それが大きくなっても
イジメとしてしか表現できない人々もいるから、
大きな問題になるのかも知れない。
そんな人々がもっと大きなオトナになったら
「多文化共生」なんて考えもしないのかな。
ちょうど今読んでいる本がピッタリくる。
養老先生と角田光代さんの
「脳あるヒト心ある人」という本で、
角田さんがアチコチ旅行に出かけ始めて気付いた
「本当に、人は文化的背景、習慣、言葉、
思考回路、何もかもが違う。恐ろしいほど違う。
…略…異なる、ということを認めないと
始まらないことがある。共通だと信じることで
齟齬そごが生まれる。」と。
昔の<ラジオ版学問のススメ>で養老先生も
同じ物を見る「こと」は絶対ないし、
違っているのが当たり前なのに、なぜか
「共通」意識を持っている、とも話してた。
角田さんのコトバ、前にもブログで書いたけど、
やっぱり起伏の少ない山のほとんどないドイツで
暮らしているのと、ここ但馬で大変だけど
自然豊に暮らすことは全然考えも感性も
違って当たり前だと思う。
だから、それを押しつけるのでなく、
違うからこそお互いに「歩み寄り」
適度に距離を持ち、但馬にいるなら
但馬の素晴らしさや食べ物の美味しさを
教えてあげればいいんだ。自慢話。
と言うことで、話が随分それたけど、
ここ「あいうえお」さんでも多文化共生を
ベースにして但馬に住む在日の方を対象に、
豊岡・村岡・出石など日本語教室を
開いていらっしゃる。
しかもほとんどはボランティアさん。
ちょうど村岡の公民館なら近いし
いろいろと参加して多文化について
勉強しつつお手伝いしたい。
12月8日(日)にはクリスマス会もあるよ!
・「にほんご豊岡あいうえお」ホームページ
http://www.eonet.ne.jp/~aiueo-nihongo/index.html